理想に近いと褒めておくこと
中野雅至 著 「悪徳官僚に学ぶ 戦略的ゴマすり力」から
『
人間というものは、
常に理想と現実のギャップを埋めたいと思っていますし、
一歩でも理想に近づきたいと思っているものです。
』
中野雅至 著 「悪徳官僚に学ぶ 戦略的ゴマすり力」から
『
人間というものは、
常に理想と現実のギャップを埋めたいと思っていますし、
一歩でも理想に近づきたいと思っているものです。
』
塩野七生 著 「日本人へ リーダー篇」から
『
なぜローマ人だけが、
に答えるぐらいはできそうに思うが、
それをひとことで言えば、
「もてる能力の徹底した活用」
である。
言い換えれば、
一つ一つの能力では
同時代の他の民族に比べ劣っても、
すべてを総合し駆使していく力では
断じて優れていたのだった。
』
塩野七生 著 「日本人へ リーダー篇」から
『
アメリカから突き放されて
日本ははじめて、
自分の国の行方について
真剣に考えるようになるだろう。
』
塩野七生 著 「日本人へ リーダー篇」から
『
「手段」をつめることなしに口にする「目的」は、
空証文以外の何ものでもない。
』
塩野七生 著 「日本人へ リーダー篇」から
『
自己反省は、
絶対に一人で成さねばならない。
決断を下すのも孤独だが、
反省もまた孤独な行為なのである。
』
塩野七生 著 「日本人へ リーダー篇」から
『
ニーズを察してとか、
ニーズを汲みあげてとか言う。
それを聴くたびに思う。
どうやって察したり汲みあげたりするのですか、と。
』
塩野七生 著 「日本人へ リーダー篇」から
『
傲慢とは、
心中にひそむ劣等感の裏返しでしかない
』
塩野七生 著 「日本人へ リーダー篇」から
『
人間は、
苦労に耐えるのも犠牲を払うのも、
必要となればやるのです。
ただ、喜んでやりたいのです。
だから、
それらを喜んでやる
気持にさせてくれる人に、
従いていくのです。
』
中野雅至 著 「悪徳官僚に学ぶ 戦略的ゴマすり力」から
『
短時間で相手のよいところを探り当てるためには
全身で相手を感じるようにしなければいけません。
これを繰り返すと、
空気を読むことなんて、
なんの苦労も感じなくなります。
』
中野雅至 著 「悪徳官僚に学ぶ 戦略的ゴマすり力」から
『
プレゼンの主体は「聞く側」です。
プレゼンをする側がどういうパワポ資料をつくるか、
どういう説明をするかなど、
すべては聞く側に依存します。
こんな当たり前のことをわからない
サラリーマンはたくさんいます。
』
塩野七生 著 「日本人へ リーダー篇」から
『
ローマは、
未成年とされていた十七歳以下の男子の徴兵は
絶対にしなかったということである。
父親は戦場で倒れようとも、
息子たちは平時と変わらず学校に通っていた。
』
1943年、十五歳で海軍予科練へ志願を表明させるような社会は、野蛮人の国なのです。また、財政難で教育費までどんどん削る米国は、大国であっても古代ローマの足元にも及ばない蛮国です。
塩野七生 著 「日本人へ リーダー篇」から
『
やらねばならないことはわかっているのだから、
当事者が誰になろうと、
それをやりつづけるしかないのだ。
「やる」ことよりも、
「やりつづける」ことのほうが重要である。
』
塩野七生 著 「日本人へ リーダー篇」から
『
何ごとでもそれを成しとげるには、
強い意志が必要になる。
しかもその意志は、
持続しなければ効果を産まない。
意志を持続させるに必要なエネルギーの中で、
最も燃料効率の高いのが私利私欲である。
』
塩野七生 著 「日本人へ リーダー篇」から
『
終戦は戦争が終わったことでしかないが、
敗戦となれば、
この言葉を耳にする人の何人かは必ず、
なぜ敗北したのかを考えるようになる。
』
終戦記念日ではなく、「敗戦記念日」として、世界の中で国家が生き延びる事の難しさを考える記念日にしたいですね。この円高バブルは、近い将来弾けるでしょう。そのとき、新たな危機がやって来ます。だから・・・
外山 滋比古 著 「人生を愉しむ知的時間術」から
『
忙しくていいわけがない。
字からして心(立心偏)を失っている(亡)と
書くではないか。
』
【スタートレック・ヴォイジャー】キャスリン・ジェインウェイ艦長の言葉:
『
探検とは、
物事を自分の目で見ること
』
外山 滋比古 著 「人生を愉しむ知的時間術」から
『
頭の切り換えというが、
切り換えには、
すこしでいい、
白い時間がいる。
』
外山 滋比古 著 「人生を愉しむ知的時間術」から
『
自然界の中には、
人間の考えも及ばないような世界があって、
そこでは人間とはまったく無関係に、
きわめて高度の様式が発達しているかもしれないということを、
謙虚に考える必要があるように思われる。
』
外山 滋比古 著 「人生を愉しむ知的時間術」から
『
人間は嘘をつくことができる。
実用的伝達しかできないのだったら、
この世は何と殺風景なことであろう。
』
外山 滋比古 著 「人生を愉しむ知的時間術」から
『
忙しい人だけが、
本当にヒマな時間をもつ。
ヒマな人がヒマを感じることはできない。
』
外山 滋比古 著 「人生を愉しむ知的時間術」から
『
休みやヒマは
はじめからあるものではない。
ないのが正常である。
ないから、つくる。
それだからこそ、休みは楽しい。
ヒマもありがたい。
』
外山 滋比古 著 「人生を愉しむ知的時間術」から
『
笑いは頭をよくする。
休み時間は頭をさっぱりさせる。
切り換えのうまい人が
いい仕事をするのである。
』
日垣 隆 著 「知的ストレッチ入門」から
『
変わったほうが
自分にとっても都合が良い、
とか有利だ、
と思ってもらえれば、
「主体的に変わ」っていただくのは、
わりと簡単なのです。
』
日垣 隆 著 「知的ストレッチ入門」から
『
自分の時間をよりたくさん確保して、
効率を良くしていく。
それが本当の
「パワーアップ」ということだと思います。
』
日垣 隆 著 「知的ストレッチ入門」から
『
好きなことをいい条件でやっていくためには、
相手側にオファーしてもらうということが、
何にも増して重要です。
』
外山 滋比古 著 「人生を愉しむ知的時間術」から
『
談論風発するには、
同じことをしている人間が
仲間にいないのが条件である。
そうすると、
のびのび思ったことが言い合える。
』
外山 滋比古 著 「人生を愉しむ知的時間術」から
『
弁証法が生まれた国とは事情が違うのである。
話すこと自体に価値を認めない。
話すことのおもしろさを知らない人が多すぎる。
』
日垣 隆 著 「知的ストレッチ入門」から
『
自分の中に芽生えた疑問に注目すると、
構造的なウソを見破ることができる
』
日垣 隆 著 「知的ストレッチ入門」から
『
自分が置かれている状況を正確に把握し、
大きな行動を起こすときには
リスク管理をきっちりやる、
ということが
「世間のウソを見抜く」には
不可欠になってくるわけです。
』
日垣 隆 著 「知的ストレッチ入門」から
『
必要な情報を即座に一覧できるという点で、
紙に優るメディアはありません。
』
iPadはちょっと騒ぎ過ぎですね。机の狭い人は別ですが、大きな机の上に複数の書籍を並べて情報を俯瞰するという情報処理は、電子メディアにはできません。
外山 滋比古 著 「人生を愉しむ知的時間術」から
『
ゆっくりするには勇気がいる。
自信がないと、
走り出そうとする自分に
ブレーキをかけることがむずかしい。
』
菅原裕子 著 「子どもの心のコーチング」から
『
子どもをもつ年齢になった人は、
「もう自分には遅いから、
せめて子どもに・・・」
と思うかもしれません。
でも、
人は何歳になろうと、
その人なりのやり方で
自分の日々を輝かせることができます。
』
菅原裕子 著 「子どもの心のコーチング」から
『
子どもの問題解決に
親の意見はいりません。
子どもに必要なのは
聴いてくれる人です。
』
中村屋 初代 相馬愛蔵さんの言葉から
『
食事は些細なことのようだが
非常に大切。
並以上のものを食べているという自覚は
大変その人の人格に影響を与える
』
菅原裕子 著 「子どもの心のコーチング」から
『
子どもに彼らの人生を教えるというのは
大変な間違いです。
子どもが自分の生き方を見つけられるよう
サポートすること、
それが親の仕事なのです。
』
作家 田辺聖子 さんの言葉から
『
政治家の物言いが不誠実だ、
心に届かないっていわれる。
それはあるやろね。
人の気持ちを察することが
できる頭のよさは、
小ちゃいときから
身にしみて教えられないと
身につかない。
』
菅原裕子 著 「子どもの心のコーチング」から
『
心の中に何かもやもやがあるとき、
話すことには浄化作用があります。
誰かに聴いてもらうと、
問題が解決するわけでなくても、
何となく気分が軽くなる経験は
誰にもあると思います。
』
菅原裕子 著 「子どもの心のコーチング」から
『
人は本来、
人の役に立ちたいと願っています。
この存在を使って
人の役に立つことができるとしたら、
こんなうれしいことはありません。
』
日垣 隆 著 「知的ストレッチ入門」から
『
教養や知性というものは、
たいてい羞恥心によって
培(つちか)われゆくものなのかもしれません。
恥ずかしいと思わなくなったら、
おそらく進歩は止まってしまいます。
』
菅原裕子 著 「子どもの心のコーチング」から
『
自分を律することのできる人だけが、
本当の自由を手に入れます。
』
日垣 隆 著 「知的ストレッチ入門」から
『
説得するあなたが納得するストーリーで、
相手が納得できるとは限らない。
つまり、
説得することと納得することは、
単純な表裏一体の関係ではないということです。
』
日垣 隆 著 「知的ストレッチ入門」から
『
努力とは、
現状の自分に満足できないからするものであって、
現状に満足しているのであれば、
その人は本質的に努力しようがないし、
する必要がありません。
』
菅原裕子 著 「子どもの心のコーチング」から
『
もし親が喜びを求めるなら、
それは親自身の人生で
つくらなければなりません。
子どもの人生を利用しては
ならないのです。
』
前垣和義 著 「大阪のおばちゃん学」から
『
面白さは、
人に驚きと感動を与える
サービス精神から出ている。
』
前垣和義 著 「大阪のおばちゃん学」から
『
ゆとりは気持ちを明るくし、
派手な服を買うことにもつながる。
個の主張、
ノリのよさ、
サービス精神等が加わり、
ド派手なものを購入させていく。
』
前垣和義 著 「大阪のおばちゃん学」から
『
大阪人が心底ケチであったのなら、
「食い倒れ」の街にはなっていなかった。
大阪には、
「料亭の味」と
うどんやかやくご飯に代表される
「庶民の味」との二つの流れがある。
』
菅原裕子 著 「子どもの心のコーチング」から
『
一時の安心と秩序に焦点をあてすぎると、
子どもの一生から、
自主性とそこから生まれる喜びの芽を
摘みとってしまうことになります。
』
前垣和義 著 「大阪のおばちゃん学」から
『
大阪は、
「官より民」の街として発達してきた歴史をもつ。
』
そう言えば、私の出身高校は、船場の商人が大正時代に創った学校で、地上3階、地下1階、エレベータまで付いており、窓のステンドグラスはアールヌーボー調で、階段は大理石で出来ておりましたっけ。
しかし、国が戦時中に金属徴収のためエレベータを持っていったので、エレベータの実物を見たことはなっかですね。
すなわち、大阪では、「民は秀」、「官は卑」なのです。
前垣和義 著 「大阪のおばちゃん学」から
『
いま全国各地があらゆる面で
「ミニ東京化」している。
大阪は、
独自性の強さが特色であるが、
昨今は街づくりや店舗においても
「東京風」が目につく。
大阪のパワーの衰えは
それらの浸透と無関係ではないはずだ。
』
前垣和義 著 「大阪のおばちゃん学」から
『
大阪は三日もあれば
大阪人になれると表現されるし、
極端にいえば友達になるのに
三秒もあれば充分だ。
』
藤原和博、重松清、橋本治 著 「情報編集力をつける国語」から
『
手紙のいちばんの魅力とは、
“目の前にいなくても伝えられる”
ことなんだと思います。
時間と空間の制約を取り払ってくれる。
』
前垣和義 著 「大阪のおばちゃん学」から
『
大阪のおばちゃんは、プラス、
どこか人をホッとさせる愛嬌を持ち合わせている。
料理がおいしければ、
「ケッサクやな、これ」と誉める。
その言葉が周囲に笑いと温もりを生む。
』
藤原和博、重松清、橋本治 著 「情報編集力をつける国語」から
『
本をたくさん読むよりも、
たくさん片思いをするほうが、
絶対に、意味がある。
』
藤原和博、重松清、橋本治 著 「情報編集力をつける国語」から
『
人間は、
他人の心を読み取ることはできない。
それがコミュニケーションの原点なのだと、
ぼくは思います。
』
藤原和博、重松清、橋本治 著 「情報編集力をつける国語」から
『
電話では話しづらい。
かと言って手紙でやりとりするほど時間がない。
そういうときに、
電子メールは絶妙の距離感とタイミングで
コミュニケーションを成立させてくれる。
』
藤原和博、重松清、橋本治 著 「情報編集力をつける国語」から
『
家族というものの運営は、
実はそんなに容易ではない。
だから、
いろんな失敗や事件や障害も生まれる。
』
藤原和博、重松清、橋本治 著 「情報編集力をつける国語」から
『
現実を詩的に表現するだけでなく、
目の前で起こることどもを詩的に解釈して、
そのときどきの生活を楽しめる人は幸福である。
』
藤原和博、重松清、橋本治 著 「情報編集力をつける国語」から
『
言うに言われぬ
「居場所のなさ」への恐怖心を、
暴力に変換せざるを得ない少年たちもいる。
〝言語化〟できないから
〝キレる〟しかないのだ。
』
藤原和博、重松清、橋本治 著 「情報編集力をつける国語」から
『
感想を述べる前に、
感想の前提としての
「語るべき事実」が必要だということは、
感想や反省が生まれるような、
友人とのもめごとや混乱や絶交などの
〝負の体験〟や〝失敗〟が
だいじだということだ。
』
【スタートレック・ヴォイジャー】キャスリン・ジェインウェイ艦長の言葉:
『
コミュニティには娯楽が必要だワ。
息抜きの場がないと。
』
藤原和博、重松清、橋本治 著 「情報編集力をつける国語」から
『
コミュニケーション技術のうち、
他人の気持ちを理解する技術は、
世の中のあらゆる局面で重要だ。
』
「幕末を生きた女101人」から
『
明治維新に参加した女性がおおぜいいたこと、
そして女性の自覚がやがて明治維新を
生んでいく大きな力になったことを
忘れることはできない。
』
ところで、政治にも目覚めていない柔道の「ヤワラちゃん」を、参議院議員立候補者に担ぎ出す民主党のおバカ振りには呆れてしまいます。有権者を舐めているというか、女性を舐めているとしか言えませんね。女性を招き猫の置物並みに扱っています。
「幕末を生きた女101人」から
『
奥村五百子の言葉
「女らしくする為に悪いことを
見のがさねばならぬなら、
わたしは女になるのは嫌い」
』
こんな言葉を残す女性は「ブス」だと思われそうですが、姿態は抜群できりりとしていたというのですから素晴らしい。
それに引き換え、桂きん枝などを選挙に出してくるなんて、民主党も落ちぶれたものです。立候補者ぐらいは毅然とした人を出すべきです。明治女性を生き返らせて、選挙に立候補させてあげたいです。
福岡 伸一 著 「世界は分けてもわからない」から
『
この世界のあらゆる要素は、
互いに関連し、
すべてが一対多の関係で
つながりあっている。
つまり世界に部分はない。
』
福岡 伸一 著 「世界は分けてもわからない」から
『
動き続けている現象を見極めること。
それは私たちが最も苦手とするものである。
だから人間は
いつも時間を止めようとする。
止めてから世界を腑分けしようとする。
』
福岡 伸一 著 「世界は分けてもわからない」から
『
ヒトは常に間違える。
忘れる。混乱する。
だから、
それをしないように注意するのではなく、
それが起こらないための
仕組みを考えよ。
あるいはミスが起こったとき、
その被害が最小限にとどまるような
仕組みを考えよ。
』
【スタートレック・ヴォイジャー】キャスリン・ジェインウェイ艦長の言葉:
『
みんなそうでしょう、違う。
先のことなんて分からないわ。
それが探検というものなの。
私たちは家族(クルー)なんだから、
どんなに困難な時も、
お互いに助け合わなきゃいけないのよ。
』
映画 「アーサーとミニモイの不思議な国」から
『
時が経つと、
どんどん使えなくなる罠に
かかちゃったんだ。
』
ズバリ!日本の国家予算のことなのでしょう。
国債の利払いがどんどん膨らんで、税金がみんな借金返済に消えて行きます。
ルイ・ヴィトンCEO イヴ・カルセル さんの言葉から
『
高品質と新しさへの要求が
世界で最も厳しいのが日本。
さらに、高級品を理解する文化が
民衆レベルで伝統的にある点でも
日本は素晴らしい
』
福岡 伸一 著 「世界は分けてもわからない」から
『
私たちは、
本当は無関係なことがらに、
因果関係を付与しがちなのだ。
』
「幕末を生きた女101人」から
『
京の女は雅びいて美しい!
これは京都を遠くから見ていた
男たちが抱いた「京おんな」像である。
』
福岡 伸一 著 「世界は分けてもわからない」から
『
ヒトの目が切り取った「部分」は
人工的なものであり、
ヒトの認識が見出した「関係」の多くは
妄想でしかない。
』
『管子』から
『
一年の計は穀を植ゆるに在り、
十年の計は樹を植ゆるに在り、
百年の計は人を養うに在り
』
福岡 伸一 著 「世界は分けてもわからない」から
『
生命現象の本質は、
物質的な基盤にあるのではなく、
そこでやりとりされる
エネルギーと情報が
もたらす効果にこそある。
』
「幕末を生きた女101人」から
『
(江藤新平の妻 千代の言葉から)
「今に見ておれ!
夫を四枚輿(こし)に乗せて見せるから」
』
福岡 伸一 著 「世界は分けてもわからない」から
『
絵柄は高い視点から見下ろしたときだけ、
そのように見えるのであり、
私たち人間は、
そのような絵柄として生物を見なしている。
』
福岡 伸一 著 「世界は分けてもわからない」から
『
問題なのは、
現代の私たちの身のまわりでは、
リスクが極めて小声でしか囁かれない、
むしろわざと見えないように
されがちであるということです。
』
田辺 聖子 著 「性分でんねん」から
『
「性分でんねん」と唱えれば、
生きにくい年代の人々の人生も、
ややに風通しよくなるのではないかと思ったりし、
私はこのごろ、好んで、ひとり小さく、
「性分でんねん」とつぶやいてみたりしている。
』
「性分」を活かすのではなく、「性分」を捻じ曲げて企業の型に填(は)めようとする社員教育では、21世紀は乗り切れるのでしょうか。
田辺 聖子 著 「性分でんねん」から
『
物はありあまるのに、
人は絶えず欲求不満にさいなまれるようになった。
生きる喜びを学ぶべき少女時代に、
いまの世の中は終戦時よりある意味では
更に荒涼とした環境ではないかと思われる。
』
田辺 聖子 著 「性分でんねん」から
『
「をかし」こそ、
文化の沃土(よくど)から開くべき花であるのに、
なぜか日本人は、
面白いもの、楽しいもの、軽やかなものを、
悲劇より一段下に見るクセがついている。
しかし「をかし」を愛さない文化は
片手落ちというものではなかろうか。
』
田辺 聖子 著 「性分でんねん」から
『
人のよきものを吸収するほうも、
人によきものを照り映えさせるほうも、
どちらも
愛あってこそだろうと思われた。
人間と人間が影響し合うということは、
たぐいもないドラマである。
』
田辺 聖子 著 「性分でんねん」から
『
願わくば破壊侵略でない交流が、
庶民次元で行われて、
地球上の人々が仲よくなる、
そういうのであれば、
いちばんすてきなことなんだけど。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
大形にいえば、
現代の大阪人は、
薩長閥によって基礎を作られた日本に対し、
徹底的に反抗しているとも見ることが出来ます。
』
田辺 聖子 著 「性分でんねん」から
『
いま「笑い」は
たいそう貴重な、切実な、
人間の必需品になっている。
ストレス過重の現代、
心身不調の人々は生き悩み、
笑いを忘れる。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
町を清潔に見た眼に美しく、
と思うなら、先ず、
悪い意味での個人主義や利己主義を
捨てなければ始まらない。
それに、
町造りにもセンスが必要だ。
悲しいかな、大阪にはこのセンスから
磨かねばならない。
』
田辺 聖子 著 「性分でんねん」から
『
歌のよみぶりや状況は俗人にも
真似できるかもしれないが、
日常の中から詩を発見して掬い上げる、
その感性と、表現する言葉が、
どうしても真似られるものではないのだ。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
大阪は官民ともに、
口で言っているが本心ではその意識が低い。
「大阪をファッションの発信基地に」と叫んでも、
文化としてではなく、
所詮は商売であることがあからさまである。
』
「大阪を○○の発信基地にする」という戯言を、歴代の知事はずっと語っていましたが、未だに実現したものはありません。
分子生物学者 青山学院大教授 福岡 伸一 さんの言葉から
『
長い時間軸で見返してみると、
そんなに効率的でないことがわかる。
常に効率的に走りがちな科学にとって、
「時間軸を長くとる」ことが一種、
解毒剤的な効果があると思います。
』
田辺 聖子 著 「性分でんねん」から
『
シック、シンプルが上品とは誰が言い初めし。
ごちゃごちゃした町の喧騒に負けない、
陽気で派手で明度のたかい服や
色彩を身につけることこそ、
大阪では上品なんである。
』
田辺 聖子 著 「性分でんねん」から
『
神戸はファッションを売り出すのに
力を入れているが、
パーティ上手、
という気風も日本中に拡めて、
集会下手の根暗日本に
風穴をあけてほしいものだ。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
大阪と比べて、
一般の日本人の会話は
伝達することが目的で、
会話にキャッチボールの呼吸がない。
故にユーモアやサービス精神が
ともすれば欠落する。
』
田辺 聖子 著 「性分でんねん」から
『
男というものは、
女が忌むべき根クラのワルクチを口にするとき、
自分も心ではそうは思っていても、
女同士のように口をそろえて
同調することはしない。
これは男のいい所だ。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
権威に従っていれば、
うまく責任逃れも出来る。
これは、ひとつ間違えると
事なかれ主義につながり、
その風潮が民間の大企業をも
侵食し出している。
権威社会であることは
即ち硬直社会である。
』
田辺 聖子 著 「性分でんねん」から
『
つまり儲けりゃいい、
強けりゃいい、
効率がよけりゃいい、
弱いものは踏みつぶせばいい、
武器は多けりゃいい、
というような文化では、
もうこの地球はやっていけないことがわかった。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
大阪人というのは、
職種のいかんを問わず、
何がしかの商人的感覚を
具(そな)えた人が多い。
損得勘定に敏感で利に敏(さと)く、
金銭のことを口にするのは卑しい、
などと思っている人は滅多にいない。
』
田辺 聖子 著 「性分でんねん」から
『
大企業のサラリーマン氏は、
一人でいるとおとなしいが、
群れると態度がデカくなっていけない。
そうして、
それらインテリ顔の諸氏ほど、
女にはえらそうにするようである。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
日本人が長いものに巻かれていると、
その長いものを跨(また)ぐか、
横目で素知らぬふりして
通り過ぎて行くのが大阪人である。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
目立つという行為に遠慮は禁物だ。
一歩でも二歩でも
前に出た方が勝者となる。
』
そう、目立つと言えば、叶姉妹の姉(小山 恭子)、そして、元アップルコンピュータ株式会社代表取締役の山元賢治氏は、私と同じ中学校の出身であり、同窓生だったりします。
特に山元賢治氏とは同じ学年であり、卒業アルバムには氏の写真が写っています。氏を知っている友人は、昔から頑張りやさんだったと語っていましたっけ。
やっぱり、大阪は凄いんヤ!
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
商い(ビジネス)とは、
最終的に突き詰めれば孤独なもので、
人対人、
ひとり対ひとりで
決定することが多い。
となれば、
頼れるのは自分だけである。
』
田辺 聖子 著 「性分でんねん」から
『
縄ノレンをくぐって入ってきた兄ちゃんが、
「よろしおまっか」
と椅子をひいて横に坐ったりする、
私は、
「どうぞどうぞ」
という。
それがいい。
彼も至福のときを味わおうとして、
顔をハレバレさせている。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
大阪人はこの「無駄」というのが嫌いである。
その一方、
個人個人がそれぞれに
「知恵や才覚」を
働かせるのが好きである。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
どうも大阪という土地は、
特定のことへの思い込みが強過ぎ、
それが一種の偏狭性となって孤立化を招き、
健全に進むべき方向の
妨げになっているように思われてならない。
』
田辺 聖子 著 「性分でんねん」から
『
日本の社会には
侘び寂びを尊びながら
根底に奇妙に未熟なところがあり、
不審に堪えない。
この日本にはヤングと老人ばかりのようだ。
オトナはどこへいっているのだろう?
』
GoogleやAppleのような市場訴求型アプローチでは、20年先の世界の大きな市場を逃がしています。
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
実は大阪人は
日本人でありながら外国人なのです。
だから、
「日系大阪人」と名乗れば
分かり易いのではないでしょうか。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
「地盤沈下」という四文字が
合言葉のごとく叫ばれる大阪だが、
創造性や智恵・知識には金がかかる、
という当たり前のことに気がつき、
正当な対価を払うことを実行しなければ、
半永久的に沈下し続けるのではなかろうか。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
大阪のビジネスマンは
積極果敢である一方、
それが失敗に終わると、
努力が足りなかった、
責任は自分にあると反省する。
そして、
なぜ過ちに至ったかを考え、
次の行動の糧とする。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
大阪人の特性である、
形式主義や建て前論を嫌い、
合理主義や本音を尊ぶこと。
他人に対して妙に慣れ慣れしく、
ある種の同等観や平等観が強いこと。
権力というものに反抗的で信頼しないこと。
』
アショカ創設者 ビル・ドレインさんの言葉から
『
こんなに変化が速くなった世界では、
ルールを覚えたころには現実が変わっている。
そんな事態に対応するには、
共感力やチームワークを習得して他人を動かし、
改革のアイデアを実行に移す能力が必要です。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
大阪人にとっては、
食べることを通じての団らんや
社交が殊(こと)の外大切で、
他の知的文化は放っておいても、
食文化だけには、
マメマメしくエネルギーを注ぎ込むのが
無上の喜びなのだ。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
大阪人は流行だからといって
他人と横並びというのが性に合わない。
だから個性を強調するあまり
ますます派手になって来る。
』
田辺 聖子 著 「性分でんねん」から
『
なんとなく、
ナアナアのうちに、
みんなそれぞれ書きたいものを書き、
それぞれに面白いのがいい、
読者は読みたいものをそれぞれ読むがいい、
そんなことを思っている。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
日本人はこの変わり身が苦手である。
「いまさら」
「面子にかかわる」
「恥ずかしい」
「言いわけがましい」
「信用を落とす」
等々という理由で、
変わり身のタイミングが後れる。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
商都大阪で、
この武士道にこだわっていては、
とんと商売にならない。
出し抜くことを禁じられていては、
取引き自体が成り立たないし、
頭の良くない上役の言いなりになっていては、
売り上げが伸びない。
』
田辺 聖子 著 「性分でんねん」から
『
話題は外界から生まれるのではない、
その人の性格と感性から生まれるのである。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
人間は、
いつも懐疑的であると夢がなく、
無味乾燥な人生になってしまうが、
こと詐欺と犯罪に関しては、
大阪的な世間ズレを身に付けた人の方が、
被害に遭いにくいといえるのではないか。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
見栄や自分の快楽のために遣う金は死金である。
そのせいで他人から何と言われようと、
外聞なんか気にしない。
金は生かして遣ってこそ金であり、
何に消えたか分からないような遣い方は、
ドブへ捨てたのと同じである。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
とにも角にも、
急ぐことは大阪人にとって利益をもたらす源であった。
それが暮らし全般の習い性となり、
あたかも、DNAにインプットされたかのごとき
気質を作り出したのである。
』
齋藤孝 著 「はじめての坂本龍馬」から
『
先見力とは、
いろいろな選択肢がある中で、
「これだ!」
と的をしぼって、
そこに全精力をかけられることです。
』
齋藤孝 著 「はじめての坂本龍馬」から
『
わくわくする才能は、
持って生まれた頭の良さよりもっと大切です。
技術や知識は
わくわくしているのであれば、
わりと簡単に身についていくものです。
』
藤本義一+丹波元 著 「大阪人と日本人」から
『
大阪人は規則があっても、
眼前に不都合があれば、
迷わずルールの方を無視する。
つまり、
杓子定規(しゃくしじょうぎ)を嫌い、
融通無碍(ゆうずうむげ)な合理性を尊ぶ。
』
齋藤孝 著 「はじめての坂本龍馬」から
『
行動力とは
ただ足を動かすことではありません。
こうなったらいいなという筋が見えた上で
動くのが行動力です。
』
川口葉子 著 「京都カフェ散歩」から
『
少し時間をおいてふた口目を飲むと、
とつぜんコーヒーに羽根がはえて軽くなる。
三口目には甘みを感じる。
そして最後に飲み干すとき、
コーヒーは重力をふりきって舞いあがり、
一瞬にしてすっと消えるのだ。
』
齋藤孝 著 「はじめての坂本龍馬」から
『
私は、エリートとは
全体に対して責任を自ら負い、
全体のことを考えて行動できる人
のことだと思っています。
』
川口葉子 著 「京都カフェ散歩」から
『
人間は五感に素直に生きていれば、
出会うべき人や場所に
出会えるのかもしれない。
そしてこのカフェは、
出会いのきっかけをもたらす
何かを秘めている。
』
河合隼雄 著 「日本人という病」から
『
アメリカ人の中には
自分たちの考えこそ「普遍的」と
思っている人もある。
そのような国とつき合いながら、
日本は自分の進む方向を
しっかりと見定めていかねばならない。
』
齋藤孝 著 「はじめての坂本龍馬」から
『
いまの時代でも、
どうすれば日本の未来にとって
プラスになるかの結論は、
すぐには出ません。
とにかく長いスパンと視野の広さで、
先を見通して、
いまの方針を考えられる人が
歴史を動かしていくのです。
』
河合隼雄 著 「日本人という病」から
『
みんな自分の好き勝手なことをやっているつもりで、
我々がつくってきた二十世紀の組織の中に
自分が入ってしまっています。
その入ってることを楽しんでいるうちは華ですが、
そんなことで威張っている人もいる。
』
河合隼雄 著 「日本人という病」から
『
何でも目標を設定して、
それに向かって進んでいかなくては
ならないという考え方をするのではなく、
そういう考え方もあるし、
こういう考え方もある。
』
だから、カツマー(勝間)だけでは行き詰る訳です。
河合隼雄 著 「日本人という病」から
『
個人個人で、
それぞれが頑張って、
同じことをしておられる。
それがアメリカ人だ。
』
河合隼雄 著 「日本人という病」から
『
共通部分というのは
関係を維持していくのに役立っている。
相反する部分というのは、
関係を発展させるために役立っている。
』
河合隼雄 著 「日本人という病」から
『
誰かを好きになるというのは、
ちょっと怖いことなのです。
ですから、人間というのは、
好きになることを防ごうとして、
好きになる人を、
はじめは嫌いな人だというふうに
思うことも多いのです。
』
河合隼雄 著 「日本人という病」から
『
仲のいい人とか、
親類の人とか、
あるいは全然知らない人でも
同じ体験をした者同士だとか、
人間と人間の心の交流があるところで
怒りや悲しみを出すから
意味があるのです。
』
河合隼雄 著 「日本人という病」から
『
みんなが暴動も略奪もしないということと、
政府の対応が遅いというのは、
ひょっとしたら
日本人の同じ心のあり方から
来ていることではないかということです。
つまり、
日本人のよい面と悪い面が出ている
というふうに思いました。
』
河合隼雄 著 「日本人という病」から
『
日本人は何もかも
自分で決めるということは
滅多にやらないですね。
あっちへ行ったり、
こっちへ行ったり、
いろいろつながりながらやります。
』
佐々淳行 著 「危機管理最前線」から
『
至るところが、
いつ「戦場」になるかわからない
21世紀の危機の時代、
少なくとも指導者は、
《常在戦場》の心得で
日々臨まなければならない。
』
吉本佳生 著 「スタバではグランデを買え!」から
『
広告やパンフレットは、
あなたが賢い消費者であるか、
賢くない消費者であるかを、
企業側が見定めるために用意された
「消費者能力テスト」であると意識すれば、
広告やパンフレットの読み方も
かわってくるでしょう。
』
佐々淳行 著 「危機管理最前線」から
『
国会は、
一日開けば二億円のコストがかかるという。
それだけ多額の税金を使っているのだから、
政府側もシッカリしなくてはいけない。
』
佐々淳行 著 「危機管理最前線」から
『
神ならぬ身の人間には
危機を予知する力はない。
だが危機を予測することはできる。
』
川口葉子 著 「京都カフェ散歩」から
『
戦争反対と、
発言することが命がけだった時代があり、
しかもそれがたかだか数十年前のことなのだと思うと、
今の私は夢の繭(まゆ)に幾重にもくるまれて
眠っているのかしらと心もとなくなる。
』
川口葉子 著 「京都カフェ散歩」から
『
東京に行って電車から降りて
一服したいなと思っても、
街に一軒は必ずなきゃあかん店がないのね。
』
川口葉子 著 「京都カフェ散歩」から
『
喫茶店やカフェは
都市ならではのものだと思います。
仕事も嗜好を知らない者どうしが
隣りあわせてコーヒーを飲みながら、
自然につながったり離れたりするおもしろさ。
』
あなたにとって、2010年は誰と隣り合わせで、そして、新しい繋がりが生まれるのでしょうか。
本田健 著 「ユダヤ人大富豪の教え」から
『
自分が誰かを知っている人は、
他人の評価を求めたり、
必要以上の物を欲しがりません。
また、好きなことをやっている人は、
自然と自分の周りにやさしくなれます。
』
佐々淳行 著 「危機管理最前線」から
『
「危機管理」とは、
事に臨んで「私がやらずに誰がやる」
という魂の内なる声に応じて身を挺して、
世のため、人のため、国のため行動する
ボランティア精神だ。
』
本田健 著 「ユダヤ人大富豪の教え」から
『
この世の中の誰一人として、
一人で生きていけるものではない。
どんなに世界的に成功している人でも、
誰かのサービスを必要としているんだよ。
』
本田健 著 「ユダヤ人大富豪の教え」から
『
モチベーションというガソリンがなければ、
走ることはできない。
それを考えただけで
ワクワクするような目標がなければ、
うまくいかないのだよ
』
本田健 著 「ユダヤ人大富豪の教え」から
『
起こる現象から
自分が何をできるかを考え、
そして目の前のことをこなしてゆく。
そういう心構えがあってこそ、
初めて幸せに豊かに生きることが
できるようになる。
』
本田健 著 「ユダヤ人大富豪の教え」から
『
人生では、
良いことも悪いことも起こる。
それは、ある状況を
どう捉えるかによって変わってくる。
そう考えると、
決断をせずに、何もやらないというのが
いちばん害になることがわかるだろう
』
政府がガソリン税などの暫定税率分の課税は維持すると発表しました。カリプソ【官僚】の思い通りに動かされていますね。
22世紀まで日本が生き残れるかどうかの瀬戸際なのですから、きっぱりと課税を廃止するぐらいの気構えが欲しいものです。
本田健 著 「ユダヤ人大富豪の教え」から
『
急成長できるとしても、
ゆっくりと大きくなるのがいいんだ。
さばききれない注文は
断るぐらいでちょうどいい。
』
佐々淳行 著 「危機管理最前線」から
『
早期発見、早期外科手術。
不祥事や失敗の自己浄化、
獄門さらし首になる前の切腹こそ
トップの心得である。
』
本田健 著 「ユダヤ人大富豪の教え」から
『
自分の特性に合わないことをやっても、
不幸になるだけだよ。
そしてそれぞれの立場で、
人を幸せにすることができれば、
君は十分に幸せで豊かな人生を
送ることができるからね
』
本田健 著 「ユダヤ人大富豪の教え」から
『
金持ちになる人間は、
安全に走ってくれる車を買う。
貧乏になる人は、
かっこいい車を買う。
』
本田健 著 「ユダヤ人大富豪の教え」から
『
賢く使うとは、
それが人を喜ばせるように使うことだ。
幸せになることに成功した連中は
人にプレゼントをするのが大好きだ。
』
本田健 著 「ユダヤ人大富豪の教え」から
『
成功したければ、
少し格上の人間とつき合いなさい。
彼らから、
はじき出されないように頑張っていれば、
いずれふさわしい人間性ができてくる。
』
本田健 著 「ユダヤ人大富豪の教え」から
『
ネガティブなことにフォーカスすると、
そちらのほうに
吸い寄せられるように行ってしまう
』
佐々淳行 著 「危機管理最前線」から
『
トップの最初の一言は、
その人の世界観、
人生観、教養、経験則などなど、
何十年という山あり谷ありの人生で
培ってきた全人格が凝集した、
いわば精神の瞬発力の表われである。
』
本田健 著 「ユダヤ人大富豪の教え」から
『
彼らは、
スケジュール手帳の代わりにアイデア手帳をもっている。
フッと頭に浮かんだアイデアを書き留めるノートだ。
』
白洲 正子 著 「心に残る人々」から
『
自然と人間、
偶然と必然のあいだには、
何か言葉で説明のつかぬ
非常に微妙で深い交わりがある
』
白洲 正子 著 「心に残る人々」から
『
(明治)維新と名づける破天荒な事業は、
・・・
過去も未来を打ち捨てて、
ひたすた現実の中に
飛びこむことの出来た人々だけに
可能な革命であった。
悲しいことに、
それは為しとげなければ国が
危い止むに止まれぬ勢いであった。
』
川口葉子 著 「京都カフェ散歩」から
『
いちげんさんお断りのシステムは、
不文律を知らない観光客から
お店を守ると同時に、
観光客に場違いで
いたたまれない思いをさせないための
親切な仕組みなのだと、
あるカフェのオーナーが教えてくれた。
』
佐々淳行 著 「危機管理最前線」から
『
太陽が輝き、
電灯煌々と照らすとき、
行灯(あんどん)やぼんぼりは
その存在すら分からない。
しかし一旦夜の闇、
停電の暗黒が支配するとき、
あちこちから
行灯の明かりが一隅を照らし、
やがてそれが集まって
世は明るさを取り戻す。
』
白洲 正子 著 「心に残る人々」から
『
金使いの荒い人はいくらでもいようが、
生きた金を使う人は稀なのだ。
』
政府が行った仕分け作業で、国家予算は「生きた金」になったのでしょうか?
それとも・・・
白洲 正子 著 「心に残る人々」から
『
先入観ほど人をあやまつものはない。
それより、
世の中をせまく、つまらなくするものはない、
といった方がいいかも知れない。
』
白洲 正子 著 「心に残る人々」から
『
先ずほらを吹いといて、
そのほらに追いつくべく、
粉骨砕心する
』
岡崎武志 著 「古本でお散歩」から
『
小さきものは、
人を脅かさない。
荒れた心を癒す
小さな力がある。
』
白洲 正子 著 「心に残る人々」から
『
有為転変は目の前の事実です。
教えても教えても
しょせん儚(はか)ないわざにすぎぬ。
』
内田 樹 著 「知に働けば蔵が建つ」から
『
捜査術の基本はこの
「誰かを怒らせることによって、
何が起きているかを知る」
というパターンである。
』
岡崎武志 著 「古本でお散歩」から
『
何かをとことん極めようと思ったら、
人から呆れられるくらいでないとダメだろう。
感心させている間はまだ半人前なのだ。
』
内田 樹 著 「知に働けば蔵が建つ」から
『
私が「ここ」に到来するより先に「ここ」に来る人。
私が「ここ」から立ち去ったあとに「ここ」に来る人。
』
内田 樹 著 「知に働けば蔵が建つ」から
『
お金は「フロー」しているところに集まり、
「ストック」されているところから逃れる。
』
白洲 正子 著 「心に残る人々」から
『
技術は若い時に出来上がって、
あとはただ待つのです。
急いではいけない、
すべては時間に任せて
だまって生きて行く。
』
ホンダ社長 伊東 孝紳 さんの言葉から
『
いくらきれいで、
性能がいい車でも、
それだけでは評価されない。
人を感動させるのは、やはり
「製品に込められたメーカーの思い」
だと思う。
』
内田 樹 著 「知に働けば蔵が建つ」から
『
「嫌いな人間と付き合う」というのは
「できないこと」の一つである。
それを無理矢理やろうとすると、
どこかに破綻が生じる。
』
だから、ヒエラルヒーの上の人は、パワハラに走るのです。でも下の人は何もできませんから、萎縮してしまうこともあります。こんなときは、ブログに「上司のアホンダラ」と書きましょう。
岡崎武志 著 「古本でお散歩」から
『
学校以外で教わる学問がいかに大事かは、
学校を出てからわかる。
』
岡崎武志 著 「古本でお散歩」から
『
日本人にはそもそも、
チマチマした貧乏性が
国民性として根付いているのだと思う。
必要に迫られてというより、
好きなんだよ、もともとが。
あれこれ細かいことをやって
得したような気分になるのが。
』
岡崎武志 著 「古本でお散歩」から
『
ワンポイントだけで買って、
しばらく寝かせておいて、
あれこれとどういう本か考えてみる。
この時間がじつに楽しい。
』
サステナ代表 マエキタミヤコ さんの言葉から
『
マスメディアが作り出す
「世論」は危険だ、
と思う人は多いのではないでしょうか。
ツイッターも
ユーチューブも
ブログも、
マスメディアだけでは
正しい情報を得られないと
思っている人たちがいて
生まれたものです。
』
内田 樹 著 「知に働けば蔵が建つ」から
『
想像力の豊かな人は、
どのような人生を選んだ場合でも、
その人生の至るところに
「宿命の刻印」を感知する。
』
現政権が政策を誤ったり、内部分裂をすれば、今の国民をがっかりさせるだけでなく百年後の歴史家に、
「あの時にちゃんとやっていれば、日本はアジアの小国にならなかったのに!」
と揶揄されることになります。
内田 樹 著 「知に働けば蔵が建つ」から
『
世の中この先どうなるかわからない。
わからない以上は、
「決め打ち」はしたくないとい考え方は
生存戦略としては健全である。
』
岡崎武志 著 「古本でお散歩」から
『
めざめたあとまだまどろむ
十五歳の夏の朝を思い出す。
詩は心というより体に必要なんだ。
』
内田 樹 著 「知に働けば蔵が建つ」から
『
「埋めがたい欠落感」
を抱いている人間だけが
それを埋めようとする。
「ことばにならない思い」
を抱いている人間だけが
それを「ことばにしよう」とする。
』
岡崎武志 著 「古本でお散歩」から
『
自然の景色というのは
いつの時代にもあまり変わらない。
当然、価値の高いのは
都市の風景である
』
内田 樹 著 「知に働けば蔵が建つ」から
『
ジャージを着て
健康サンダルをはいたおばさんが
ヴィトンのバッグをもって
ローソンに「おでん」を買いに行くことが
許される社会の方が
個人的には好きである。
』
日本社会に、二極分化は似合いません。「ええかげン」な中産階級が日本を発展させて行くのです。二極分化を進めた、日本のベケット卿とデイヴィ・ジョーンズ【自民党】の時代は終わったのです。
ニーチェ 「ツァラトゥストラ」から
『
人間とは
乗り超えられるべきあるものである。
あなたがたは、
人間を乗り超えるために、何をしたか。
』
内田 樹 著 「知に働けば蔵が建つ」から
『
自分の独創性というものを
引き受けることができないということは、
言い換えれば、
自分が
「どのような仕方で、
他の誰によっても代替できない固有の存在
であるか」
を言うことができないということである
』
岡崎武志 著 「古本でお散歩」から
『
新たな価値観を見いだして評価することが、
じつは古本あさりのもっとも面白い部分だ。
』
米原万里 著 「旅行者の朝食」から
『
「働かざる者、食うべからず」
とは言うものの、
働いていようといまいと、
生きていくには
何かを食べていかなくてはならない。
』
リストラになろうが、働き口がなかろうが、生きるためには食べなくてはならないのです。
内田 樹 著 「知に働けば蔵が建つ」から
『
「多数派の偏見」が常識とみなされ、
「多数派の臆断(おくだん)」が
真理とみなされるのが
大衆社会である。
』
岡崎武志 著 「古本でお散歩」から
『
古本屋は孤独になれる空間であるのがいいのだ。
本棚に並んだ古い本と自分との対話を楽しむ。
それが醍醐味だ。
』
米原万里 著 「旅行者の朝食」から
『
本国の料理がうまかったら
長期駐留に耐えられるだろうか?
本国の料理に魅力がなく、
駐留先の方が美味しい料理を
たくさん口に出来るのならば、
里心がつきにくいのではないだろうか。
』
米原万里 著 「旅行者の朝食」から
『
その人が本質的に
保守的か革新的かを占うには、
未知の食べ物への対し方を見る方が
血液型よりはるかに当てになる気がする。
』
内田 樹 著 「知に働けば蔵が建つ」から
『
夢に向かって努力すれば
その夢は必ず実現するというのは
「ウソ」である。
すべての人が希望通りの職に
就けることはあり得ない。
』
木下是雄 著 「日本語の思考法」から
『
研究者の養成に必要なのは、
あまりたくさんのことを教えない教育、
その代わり
自然そのものとのつき合いから出発する教育
ある意味ではかたよった教育なのである。
』
内田 樹 著 「知に働けば蔵が建つ」から
『
ニートは資本主義社会から
「脱落」
している人々ではない。
彼らは資本主義社会を
「追い越して」
しまった人々なのである。
』
内田 樹 著 「知に働けば蔵が建つ」から
『
私は話の結末をまだ言うことができない。
けれどもそれは
結末を知らないということではない。
結末はわかっているのだが、
まだそこまでたどりつかない
ということである。
』
米原万里 著 「旅行者の朝食」から
『
のけぞるほど気味悪いものの、
決して無視できない不思議。
その一線を越えるのは、
意外に簡単なのかもしれない。
』
木下是雄 著 「日本語の思考法」から
『
ものにはいろんな側面があるから、
ある側面を見させようとか
伝えよとかするのは
なかなかむずかしいんだね。
見る見方にはじつに自由度がある。
』
木下是雄 著 「日本語の思考法」から
『
日本は、物理学を
自国語で教えることのできる
数少ない国の一つなのだ。
・・・
多くの国のことばには、
抽象語の訳語をつくるだけの
造語力(と基礎語彙)がないので、
自国語では満足に高等教育を
おこなうことができないのである。
』
木下是雄 著 「日本語の思考法」から
『
外国語を教えるには、
ことばという要素と
そのつなぎ方の規則を
教えるだけではだめで、
その言葉を母国語とするひとたちの
コミュニケーションのパターンを
じゅうぶん理解させることが必要だ。
』
木下是雄 著 「日本語の思考法」から
『
簡潔は現代の美徳だが、
簡潔であるためには努力がいる。
簡略は無精者のならわしである。
』
谷川彰英 著 「大阪 駅名の謎」から
『
大阪にはいたるところに
日本の歴史を紐解く鍵が散らばっている。
大阪人も気づかないよういな宝が潜んでいる。
』
木下是雄 著 「日本語の思考法」から
『
欧語を材料にしてカタカナ語を濫造し、
それによって無制限に
語彙を拡張しつつあるのが
現代日本語の一つのすがたである。
』
谷川彰英 著 「大阪 駅名の謎」から
『
上方の人々の「日本橋」に
対する思いは強いのである。
「日本一!」と叫ぶときは、
決して「にほん」とは言わず
「にっぽん」と声をあげる。
それが常識というものだ。
』
木下是雄 著 「日本語の思考法」から
『
もし私たちが
婉曲で間接的な表現を尊ぶ心を失えば、
それは日本人としての
アイデンティティの喪失に通じかねない。
』
木下是雄 著 「日本語の思考法」から
『
一国の主張を通す陰の力となるのは、
武器ではなくて
その国がもっている世界の情報だ
』
映画「20世紀少年 最終章 ぼくらの旗」から
『
悪人でいるのは辛いだろ。
正義の味方の方が楽だ。
』
デイヴィ・ジョーンズ【自民党】や、カリプソ【官僚】に聞かせてあげたい言葉。
でも、日本のベケット卿には、まだ人事のようですが・・・
木下是雄 著 「日本語の思考法」から
『
明確にものを言うことを好まない国では、
明確にものを言わせる訓練がおこなわれない。
その結果として、
日本人はことばによって
正確に事実をつたえること、
理路整然と意見を述べることが
不得意である。
』
斎藤孝 著 「人を10分ひきつける 話す力」から
『
聞き手は、
話し手との間で場を共有してはじめて、
その話が腹に落ちてくる。
「いま、ここで、私たちの間で意味が生まれている」
という喜びが、
話を聞くモチベーションを高める。
』
斎藤孝 著 「人を10分ひきつける 話す力」から
『
話のおもしろい人ほど、
たくさん本を読んでいる。
本から仕入れた素材を使って、
再生しているのだ。
』
斎藤孝 著 「人を10分ひきつける 話す力」から
『
話の中の何かが残っていて、
その後、
聞いた人の何かが変わっていくとなると、
話の効果は非常に大きい。
』
斎藤孝 著 「人を10分ひきつける 話す力」から
『
相手によって、
文脈によって、
言い換えることができなければ、
話はうまく伝わらない。
適切に言い換えることで、
伝える力は飛躍的に上がる。
』
米原万里 著 「ガセネッタ&シモネッタ」から
(地獄の沙汰も通訳次第)
『
人間のやることはどれも面白い、
という真理なんですが、
異なる部分の通訳をやるたびに、
新しい角度で物が見られるようになるのは
役得ですかねえ。
』
斎藤孝 著 「人を10分ひきつける 話す力」から
『
友達同士ならノリだけでもいいが、
相手が多くなれば、
話の中の意味の含有率が高くなければ
聞いてもらえない。
』
米原万里 著 「ガセネッタ&シモネッタ」から
(地獄の沙汰も通訳次第)
『
曖昧ですが、相手を傷つけずに言いたいことが
表現できるのは日本語の非常に優れた財産で、
素晴らしいことだと思うんです。
』
米原万里 著 「ガセネッタ&シモネッタ」から
(地獄の沙汰も通訳次第)
『
嘘は大きいほど信用される、
とヒットラーの宣伝相ゲッペルスは言ったそうだが、
真実は大きすぎると信じられなくなる。
』
エリヤフ・ゴールドラット著 「ザ・チョイス」から
『
論理を展開していくには、
直感に基づいて原因と結果の関係を
次から次へと供給していかなければいけない。
仮説を立てるにも、
あるいは結果を予測するにも、
直感なくしては無理なんだ。
』
映画 「ハリー・ポッターと謎のプリンス」から
『
運?
そうだ、幸運を呼べばいいんだ。
』
エリヤフ・ゴールドラット著 「ザ・チョイス」から
『
抵抗に遭った場合、
本来は、相手にいかに
自分の考えを伝えたらいいのか、
周到に考えて行動すべきなのだが、
しかし人には、
妥協に逃げたがる強い傾向がある。
』
米原万里 著 「ガセネッタ&シモネッタ」から
(地獄の沙汰も通訳次第)
『
子供に自分の国の文学をたくさん読ませるということが、
結局、
わたしは愛国心を育てることだと思う。
』
M.J.アドラー/C.V.ドーレン 著 「本を読む本」から
『
誰かに出口をたずねたとき、
教えてくれた人の声の調子は問題ではない。
どんな声の調子でも、内容さえ正確なら、
出口は見つかるはずだ。
』
エリヤフ・ゴールドラット著 「ザ・チョイス」から
『
どんな仮説を立てるにしても、
いきなり人に非を求めるのではなく。
本当に相手に責任を求めていいのかどうか、
その検証がなされなければいけない。
』
米原万里 著 「ガセネッタ&シモネッタ」から
(地獄の沙汰も通訳次第)
『
受け手に確実にメッセージを届かせたい。
その手応えが欲しい。
そういう職業的使命感が高じると、
ついつい誇張という安易な手段に頼ってしまう。
』
米原万里 著 「ガセネッタ&シモネッタ」から
(地獄の沙汰も通訳次第)
『
ここは、日本なのだ。
女の範疇分けされることが
通行証の役割を果たしてしまうなんてことは、
自民党政府がアメリカにNOと言うくらいに
可能性が低い。
』
米原万里 著 「ガセネッタ&シモネッタ」から
(地獄の沙汰も通訳次第)
『
チラリズムこそが。
つまりは見せているようでも見せないことこそが、
人の気を惹く容易にして効果的な手段であることだけは、
まことに正しいのである。
』
M.J.アドラー/C.V.ドーレン 著 「本を読む本」から
『
ものごとについて意見が一致するときは、
共通意見が真実に近いと推定される。
』
M.J.アドラー/C.V.ドーレン 著 「本を読む本」から
『
現実の世界は、
果たして完全かどうかは、わからない。
しかし、少なくとも、
すぐれた文学の世界は完全である。
』
M.J.アドラー/C.V.ドーレン 著 「本を読む本」から
『
文学の本をいかに読むかは、
知識の伝達を目的とする「教養書」を
いかに読むかということよりずっとむずかしい。
』
M.J.アドラー/C.V.ドーレン 著 「本を読む本」から
『
時を軽視してはならない。
過去から現在へという方が自然であるが、
現在のものから過去のものへと
読んでもいっこうかまわない。
』
エリヤフ・ゴールドラット著 「ザ・チョイス」から
『
何が大変だって、
どう考えても答えなどあり得るはずがない
と確信している問題の答えを
探さなければいけないことほど、
大変なことはない。
』
「仕事が減っているのに、仕事を取って来い」とか、
「関空で路線が減っていくのに、黒字化しろ」
なんていうのが多い昨今です。
M.J.アドラー/C.V.ドーレン 著 「本を読む本」から
『
本当に良い本は、
推論で、すぐわかるような誤りを
犯したりはしないものだからである。
たとえ誤りがあっても、
たいていは、巧みに隠されていて、
洞察力のするどい読者でなければ、
これを見抜くことはむずかしい。
』
英ヴァージン・グループ会長 リチャード・ブラウンさんの言葉から
『
企業家精神とは
他社と異なるユニークなもので、
できれば30~40年は続くアイデアを生み、
その詳細を一つひとつ詰めていくこと、
そのうえで望めれば収益面でも
成功するということなのです。
』
エリヤフ・ゴールドラット著 「ザ・チョイス」から
『
対立の根底にある前提を取り除くことで、
対立を解消しようというアプローチをとるべきなのだ。
対立を解消することで、
望ましい変化への道筋もできる。
』
品川隆幸 著 「東大阪元気工場 ダメならほかのことせんかい!」から
『
日本はすぐに、
もうかるから向こうにもっていって
つくろうと目先のことばかりやっている。
人を利用することばかり考えているから
人までダメになる。
』
M.J.アドラー/C.V.ドーレン 著 「本を読む本」から
『
人間は理性の動物だから、
理性で他人を認めることもできる。
だが、その理性は完全とは言えない。
それで、とかく他人と争うことにもなる。
』
エリヤフ・ゴールドラット著 「ザ・チョイス」から
『
人を責めると、
間違った方向に行ってしまう。
正しい方向からどんどん遠ざかってしまって、
よいソリューションなんか見つからなくなってしまう。
もし相手を排除することができたとしても、
ほとんどの場合、
本当の問題は残ったままになる。
』
不景気なると人責めが多くなります。企業では、わざと人責めしてリストラを行う、“shadow mission”が行われているところもあります。
M.J.アドラー/C.V.ドーレン 著 「本を読む本」から
『
パラグラフが完全に理解できないのは、
意味のわからない単語があるからで、
読み手にとって意味のつかみにくい言葉こそ、
著者が特別の意味で使っている言葉であるかもしれない。
』
エリヤフ・ゴールドラット著 「ザ・チョイス」から
『
本当に有意義な機会とは、
閉じ込められた状況の中で、
どうすればその障害を克服できるのか、
そのことに気づいた時に
訪れるのではないだろうか。
』
M.J.アドラー/C.V.ドーレン 著 「本を読む本」から
『
コミュニケーションとは、
他人と何かを共有しようと努めることである。
互いに知識や情報を共有してはじめて、
コミュニケーションは成立する。
』
骨太だった国の予算方針が骨無し方針に転換されました。カリプソとデイヴィ・ジョーンズが、自分の好き勝手にやってくれています。
国民とカリプソ【官僚】、
国民とデイヴィ・ジョーンズ【自民党】
とは、コミュニケーションが成立していませんね。
品川隆幸 著 「東大阪元気工場 ダメならほかのことせんかい!」から
『
もう「あかんかったら辞めたるわ!」
というような人間はどこにもいない。
そんな豪傑がいなくなったことも、
日本の停滞を招いている要因の一つであろう。
』
エリヤフ・ゴールドラット著 「ザ・チョイス」から
『
何かの状況を改善しようとする時は、
小さな問題ばかり対象にしていてはダメだ。
そんなのは、時間の無駄でしかない。
それよりも、
もっと大きな問題に取り組まないといけない。
』
品川隆幸 著 「東大阪元気工場 ダメならほかのことせんかい!」から
『
モノづくりは感性が豊かでなければダメだと思う。
知識だけではモノづくりはできない。
』
品川隆幸 著 「東大阪元気工場 ダメならほかのことせんかい!」から
『
どうしてもみんな難しく考えてしまう。
特に調子の悪いときほど、
もがきすぎて泥沼にはまり、
次から次へと悪い方向に
引き寄せられてしまう。
』
品川隆幸 著 「東大阪元気工場 ダメならほかのことせんかい!」から
『
人間というのは気持ちで動く。
心で動く存在なのである。
心が躍動していなかったら、
体も躍動しない。
』
M.J.アドラー/C.V.ドーレン 著 「本を読む本」から
『
およそ人の知る限りのもの、
あるいは人間の作ったもので、
それほど極端に単純なものなどはない。
すべては複合的な統一体である。
』
M.J.アドラー/C.V.ドーレン 著 「本を読む本」から
『
もっとも読みやすい本は、
著者が建築的に成功した作品である。
もっとも良い本は
もっとも明確な構造をもったものである。
』
M.J.アドラー/C.V.ドーレン 著 「本を読む本」から
『
歴史の真髄は「語り」である。
歴史は、過去に存在したというだけでなく、
時の移り変わりの中で、
起きた一連の変化の底を流れる事件や
事物についての知識である。
』
M.J.アドラー/C.V.ドーレン 著 「本を読む本」から
『
意欲的な読み手は問いかけをする。
意欲的でない読み手は問いかけをしない
- だから答えも得られない
』
民俗学研究者 土喰小組合長 ジェフリー・アイリッシュさんの言葉から
『
地球環境が危うくなっている今こそ、
身の丈に合わせて生きる、
共同体の智恵を
再認識すべきではないでしょうか。
』
根井雅弘 著 「経済学はこう考える」から
『
何事もバランス感覚は必要で、
市場経済の利点を生かすべき分野と、
政府がきちんと規制しなければならない分野とは
慎重に区別しなければなりません。
』
深井晃子 著 「ファッションから名画を読む」から
『
モードが美しく輝くのは、
ある時代、
ある時間の中だけだと
いっても過言ではない。
』
福島清彦 著 「ヨーロッパ型資本主義」から
『
経済の効率と社会の平等・安定・福祉は
本来両立しにくいものである。
そのことを十分認識したうえで、
経済政策と社会政策を作っていくことが、
二十一世紀の先進国共通の課題なのである。
』
福島清彦 著 「ヨーロッパ型資本主義」から
『
ヨーロッパ各国は市場原理を
ただ無制限に適用するのではなく、
必要な場合は市場原理を抑制しながら、
利口に活用していくべきであることを知っている。
』
M・K・シャルマ 著 「喪失の国、日本」
(インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」)
『
日本人にとって「買い物」とは、
物を入手する行為であるだけでなく、
ささやかな虚栄心と満足と、
王や神のように遇されることの心地よさを、
店主や店員から得る営みなのである。
』
M・K・シャルマ 著 「喪失の国、日本」
(インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」)
『
インド人にとって交渉は、
「定価を定めること」であり、
日本人にとっては
「定価を割り引く」ことだ。
』
M・K・シャルマ 著 「喪失の国、日本」
(インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」)
『
欲望というものが
それぞれの文化において
どのような形をとるかということだ。
悪の質が変わっても、
悪の量は世界中どこでも
変わらないのである。
』
斎藤美奈子 著 「紅一点論」から
『
戦士としての正義をふりかざす滅私奉公の企業社会や、
王子様との結婚が人生最大の目標だった女性の生き方じたいが、
時代にあわなくなったのだ。
』
M・K・シャルマ 著 「喪失の国、日本」
(インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」)
『
ジェントルマンとしての美徳、
「正義」、「判断力」、「批判能力」
の方がより重要で肝要だと思われる。
だが、これらの要素は彼ら(日本人)の
「国際人としての資格」
からまったく抜け落ちているのである。
』
M・K・シャルマ 著 「喪失の国、日本」
(インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」)
『
メニュー文化は
「提示と選択」を前提にした規格品の文化であり、
メニューやカタログは
消費拡大のために不可欠な刺激財の
役割を果たしている。
』
東京大学社会科学研究所教授 玄田有史 さんの言葉から
『
社会全体に
希望を与えるような政治は警戒したい。
政治が語るべき希望は、
最高度の悪を回避することだと思う。
』
M・K・シャルマ 著 「喪失の国、日本」
(インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」)
『
日本人は、
目的よりも対面や
手段の在り方に拘泥(こうでい)し、
ややもすると目的を見失う。
いっぽうインド人は、
目的のためにあらゆる手段を講じ、
いかなる場合にも目的と手段とを
混同することがない。
』
建築家 安藤忠雄 さんの言葉から
『
名よりも実を、
理屈より行動を
かつての大阪商人の気質は、
時代を経ても変わらぬ
大阪らしさとして生き続けている。
』
M・K・シャルマ 著 「喪失の国、日本」
(インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」)
『
日本のこの異常な「小社会」現象は、
いったい何を意味するのだろうか。
意識を細分化し、アトム化することによって
既成の社会を解体し、
世界の構造化を拒絶しているようにも見える。
つまり、一種のアナーキズムのように思えなくもない。
』
M・K・シャルマ 著 「喪失の国、日本」
(インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」)
『
あまり知られていないが、外国人にとって、
日本は言語事情が最も悪い国の一つである。
と同時に、矛盾するような現象だが、
語学熱がひじょうに高い国でもある。
』
M・K・シャルマ 著 「喪失の国、日本」
(インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」)
『
「いい人」という概念は、
日本独特の特記すべき人格の一つである。
もし日本人から「あなたはいい人だ」と言われたら、
それはひじょうに深い信頼を得たと考えてよい。
』
松岡正剛 著 「知の編集術」から
『
どんなことにも
どんなものにも
「しくみ」というものがあって、
その「しくみ」に入っていくこと、
またそこから出たら、
それをなんとか応用すること、
そのことに価値があると
おもえるようにすることである。
』
定額給付金の通知が来ました。金だけバラまいといて、「後で消費税あげますからね」とは、まったく無責任な話です。そして、デイヴィ・ジョーンズ【自民党】が、「選挙はよろしく~♪、ワン」(関西電力圏しか分からないネタです・・・)と鼻歌を歌ったりしています。
「経済のしくみ」を考えて、一番効果の上がるものに税金は使うべきですよね。
斎藤美奈子 著 「紅一点論」から
『
魔法少女や紅の戦士は、
男社会に都合のいい女性像であり、
悪の女王は
男社会に都合の悪い女性像だといってもよい。
』
M・K・シャルマ 著 「喪失の国、日本」
(インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」)
『
人間中心の社会というより経済主役の社会であり、
人は消費の奴隷に成り下がってしまう恐れがある。
というのも、
そのような形の消費は幸福のためのものというより、
欲望のためのものであるからだ。
』
小林カツ代 著 「小林カツ代のおいしい大阪」から
『
大阪人は金勘定にうるさいから、
安ければ売れるやろう、
と世間で言われているのは大まちがい。
安くてもまずいもの、
質の悪いものはアカン。
』
M・K・シャルマ 著 「喪失の国、日本」
(インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」)
『
日頃インドの手仕事を自慢に思っていた私は、
テクノロジーの国日本で思わぬパンチを食らった。
日本は素晴らしい工芸の国でもあったのである。
』
松岡正剛 著 「知の編集術」から
『
言葉を厳密につかおうとすると、
たいていはムリ(無理)が生じてくる。
そのムリを承知で、
ムリをドーリ(道理)にしようというのが
学問や思想というものである。
』
東京大学院教授 西垣通 さんの言葉から
『
グローバルよりローカル。
金融市場の数字より
衣食住の細部に深い価値を見いだし、
充足感を味わうのが、
生物である人間の本来の姿でしょう
』
M・K・シャルマ 著 「喪失の国、日本」
(インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」)
『
日本経済は若者にターゲットを絞り、
若者文化を擁護し、
若者を主人にすることで利潤の追求を図った。
・・・
これは阿片の効果とどこか似ている。
売る側にはどんどん金が入ってくるが、
買う側の精神はしだいに蝕(むしば)まれていく。
』
日本のベケット卿傘下の企業が若者に消費を促し、その一方でセイフティネットのない派遣労働へ若者を追いやって行ったのでした。
そして、携帯電話は合法的なドラッグとも言えます。携帯依存症の若者は、仕事が無かっても料金を支払い続けているのですから。
昔は、
「書を捨てよ、街に出よう」
でしたが、今は
「携帯電話を捨てよ、図書館へ行こう」
でしょうか?
小林カツ代 著 「小林カツ代のおいしい大阪」から
『
安いから、というだけで通ってくれるほど甘くないし、
大阪人はもうおそろしいほど、
おいしいもん/まずいもんにシビアですし、
味に関して正直なんですわ。
』
福島清彦 著 「ヨーロッパ型資本主義」から
『
欧州連合内部の国際関係は、
瑣末(さまつ)な貿易摩擦問題だけが活発に議論され、
大事なことについては
目標なき漂流を続けている日米関係より、
はるかに強固である。
』
小林カツ代 著 「小林カツ代のおいしい大阪」から
『
なんかみんな、
食べていくうちに
どんどん幸せそうな顔になるんですよ。
そういうあったかい料理やし、
あったかい雰囲気の店なんですわ。
』
小林カツ代 著 「小林カツ代のおいしい大阪」から
『
大阪の食べ物屋さんは、
値段がうんと高いところでも、
信じられへんくらい安いところでも、
「おいしい」と人々が認めて長く通う店は
料理にけっして手を抜いていません。
』
だから、カリプソ【官僚】が作った数々のシステム(J-SaaSなど)は、利便性とは程遠いものがあるのですね。おいしくない(役に立たない)から。
福島清彦 著 「ヨーロッパ型資本主義」から
『
経済成長最優先、効率至上主義で
資本主義社会を作るのではなく、
落ち着きとゆとりのある社会を作り、
貧富の格差をそう大きくせず、
治安のよい状態を維持していこうというのが、
ヨーロッパ型資本主義の考え方なのである。
』