アイデンティティは育むもの
斎藤 孝 著「子どもに伝えたい<三つの力>」
『
アイデンティティは生まれつき持っているものではない。
他者と出会い、新しい世界に入っていくことで、
自分の世界と他者の世界がすり合わされる。
』
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斎藤 孝 著「子どもに伝えたい<三つの力>」
『
アイデンティティは生まれつき持っているものではない。
他者と出会い、新しい世界に入っていくことで、
自分の世界と他者の世界がすり合わされる。
』
斎藤 孝 著「子どもに伝えたい<三つの力>」
『
マインド・コントロールは、
アイデンティティを剥奪し、
教育はアイデンティティを豊かにする。
マインド・コントロールは情報を遮断し、
狭い世界の価値観を押しつけるが、
教育は新たな世界を開き、
多様な価値観に出会わせる。
』
斎藤 孝 著「子どもに伝えたい<三つの力>」
『
マニュアルに動かされる人間ではなく、
マニュアルを現実から作っていける人間を
育てることが重要だ。
』
斎藤 孝 著「子どもに伝えたい<三つの力>」
『
相手の存在を認める意味が、コメントにはある。
しっかりとしたコメントをすることが、
相手を認めたということを示す。
』
斎藤 孝 著「子どもに伝えたい<三つの力>」
『
相手に対してレスポンスすること
を前提にして聞くことによって、
話は身に入ってくる。
』
斎藤 孝 著「子どもに伝えたい<三つの力>」
『
質問を考えながらメモをとる。
こうしたノートのとり方は、一般的ではないが、
やってみると実に効果的だ。
』
斎藤 孝 著「子どもに伝えたい<三つの力>」
『
「何か質問は」と問われてから
質問を考えるのでは遅い。
みんなが考えている時間が
無駄な時間となる。
』
藤本隆宏 著 「ものづくり経営学」から
『
競争力の実現のためには、
一方においてITを使いこなす組織力、
他方においてチーム重視の統合型組織力と
相性のよいITの存在が欠かせない。
』
会社でEXCELを使った管理資料ばかり作っている40歳以上のオジサン、何とかならないでしょうか?
また、グループウェアやBLOGがあっても組織の中核で使わず、EXCELだけに頼っているソフトウェア開発会社の何と多いことでしょう。
斎藤 孝 著「子どもに伝えたい<三つの力>」から
『
プレゼンテーションが苦手だ
という状況の大元には、
要約力への意識の低さがある。
』
斎藤 孝 著「子どもに伝えたい<三つの力>」から
『
相手があこがれている世界について
まったく無知であれば、話はかみ合わない。
ある程度の知識を持っていることによって、
寄り添うこともできる。
』
斎藤 孝 著「子どもに伝えたい<三つの力>」
『
自分にとって新しい意味が生まれる瞬間がある。
そうした瞬間を喜びとして
感じることができるようになることが、
学ぶことの基礎となる。
』
藤本隆宏 著 「ものづくり経営学」から
『
日本のソフトウェア下請け企業は、
自動車の一次部品メーカーのように、
設計能力を持った機能部品メーカーとして
力をつけるところは少なく、
開発工数の裸売りをする下請け的な業態が
依然として多いと言われている。
』
「ものづくり経営学」の本の中で、物作りの戦略として、擦り合わせ(インテグラル)と、組み合わせ(モジュラー)という概念が出てきます。
これをソフトウェア企業に当てはめると、次のようになります。
1)内部インテグラル:外部インテグラル
クライアントからの要求仕様に対して、コツコツ作る
2)内部モジュラー:外部インテグラル
クライアントからの要求仕様に対して、社内で作った標準クラス、標準サブルーチンを使って作成する
3)内部モジュラー:外部モジュラー
社内で作った標準クラス、標準サブルーチンを、そのまま、またはパッケージにして販売する
4)内部インテグラル:外部モジュラー
パッケージを社内でコツコツ作る
ソフトウェア下請け企業としては、3)や4)の利幅の大きい戦略をやりたいのですが、開発コスト負担やターゲットの絞込みができないので、この戦略を取れません。
仕方ないので、せめて 2)の戦略ぐらいやろうと思うのですが、受注する仕事は人月の切り売りなのでこれもできません。結局、1)の戦略をひたすら行い、日銭を稼いでいるのが実情です。
しかし、1)の戦略では誰でも参入できるので、価格競争となり、低収益という状態から抜け出せません。 また、最近ではグローバル化の影響で、中国のソフトウェア開発会社も 1)の戦略で、かつ低コストで進出してきているので、ますます収益が悪化しています。
この状態から抜け出し、ソフトウェア下請け企業の起死回生を図るには、何をすべきか?
それは、2)、3)、4)を無理に行い企業のリソースを使うよりも、1)の業態変更をして収益構造を改善し、その後、3)を行うような戦略がいいと思います。
1)の業態変更とは中国の不得意なもの、すなわち、日本語に関する内部インテグラル:外部インテグラルを実行することです。
---> 日本語コンテンツ開発に特化すること
例えば、企業内BLOGのコメンテータ請負や、分かりやすいマニュアルやヘルプシステムの作成請負などです。
斎藤 孝 著「子どもに伝えたい<三つの力>」
『
制度すべてを、個人の自由を阻むものとして
否定する考え方は幼稚だ。
制度をずらしていくことによって、
みんなが活性化する場を作っていく。
こうした技が、
複雑化した現代社会にはとりわけ求められている。
』
辛 淑玉 著 「悪あがきのすすめ」から
『
もうあとがない人たちばかりだから、
それ以上落ちることはない。
やればやっただけ前に進める。
絶望の極みにある人たちは、
希望を見つけるのも早い。
』
斎藤 孝 著「子どもに伝えたい<三つの力>」
『
思考に刺激を持続的にあたえるのは、
コンセプトである。
物事を捉える思考の道具を一つ増やすことが、
コンセプトの役割だ。
』
「美しい日本」はコンセプトではありませんでした。
誰も、これが何を意味するものなのか分からないうちに、言った本人は消えてしまいました。
私たちには、毎日の「やり繰り生活」を辞めてしまうことができないのにね。
辛 淑玉 著 「悪あがきのすすめ」から
『
あがき続けることで
権力の暴走を食い止められるのだ。
それは、今を生きる人たちの
未来に対する責任としてである。
』
辛 淑玉 著 「悪あがきのすすめ」から
『
不正義を前に、じっとこらえつつ、
逆転の時機をつかみとること。
それこそ、ほんとうの悪あがきの力
なのだと思う。
』

辛 淑玉 著 「悪あがきのすすめ」から
『
状況をみきわめて、
緩急自在に動きをつけようという思想の
どこが悪いと、私は言いたい。
』
辛 淑玉 著 「悪あがきのすすめ」から
『
言われっぱなしだと、
どうしてもストレスがたまる。
たまりすぎると、
爆発したときが悲惨である。
』
斎藤 孝 著「子どもに伝えたい<三つの力>」
『
一日のセミナーが終わった後、
そこで行われたレッスンやゲームの段取りを、
家に帰って思い出して克明にメモしてみる。
すると、
そうしたものが実に巧みに作られていることに気づくと同時に、
およその底が透けて見えてくる。
』
有料の自己啓発セミナーに参加した人の話は、本人が感動、興奮したことは分かるのですが、抽象的な内容に始終しており、具体的に何をする為のものかが分かりません。
そして、「私はまだまだ」と言って、ずるずるとリピーターになっています。
人生を重ねるということは、今ある小さくても具体的な目標に対して、「自分を創る」為に少しずつ行動していくことだと思うのですが。
辛 淑玉 著 「悪あがきのすすめ」から
『
資本主義社会だからこそ、
買わない、
使わない、
工夫する
というちょとしたことが、じつは、
とても大きなレジスタンスになるのだ。
』
辛 淑玉 著 「悪あがきのすすめ」から
『
「正しいことをストレートにしか言わない」
ような正面突破では、玉砕するに決まっている。
それは、まっとうな「悪あがき」の道ではないのだ。
』
辛 淑玉 著 「悪あがきのすすめ」から
『
「悪あがき」の最上級編は、
国家権力からの見せしめに対して、
泣き寝入りしない方法ということになる。
』
辛 淑玉 著 「悪あがきのすすめ」から
『
信頼し、支えあえる人が一人でもいれば、
人は大きな力を発揮できる。
これこそ、究極の悪あがきであり、
泣き寝入りしない方法だと私は思う。
』
辛 淑玉 著 「悪あがきのすすめ」から
『
個人の「悪あがき」が、
結果として会社という大きな組織を
より良い方向に変えていくということだ。
』
映画 「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」 ルーナ・ラブグッドの言葉から
『
ママが言ってたわ、
無くしたものは、最後には見つかるって。
以外なところで見つかるかもネ。
』
映画の中では、ファッジ魔法大臣とドローレス・アンブリッジ先生が、法律や規則を盾にとって生徒の有らゆる自由を奪い、自分達に跪かせようとします。
日本でも教育基本法を改正し、「愛国心」を謳って、若者を権力者にひざまずかせようとしています。しかし、失われつつある日本の民主主義は、以外なところで復活して来ています。
例えば、国会。
参議院では政府の反対勢力が主導権を握ったため、ようやく民主主義に則って議論のできる場となりました。
本当、以外なところで見つかりましたネ。
辛 淑玉 著 「悪あがきのすすめ」から
『
「小さな政府」とか、
「構造改革」とか、
「美しい日本」とか、
強者はつぎつぎと新しい大儀名文を振りかざしている。
しかしその本質は、力こそが善だということ。
つまり、勝ち組だけがいい思いをしたい、ということなのだ。
』
たった7万円の現金を奪うために、平気で人を殺す恐ろしい時代となりました。
これは中流から追い落とされ、人間としてのアイデンティティが消失した人たちが、金だけを唯一のものだと信じ込まされた結果といえます。
この人たちに、「安倍晋三(あべ・しんぞう)の馬鹿ヤロー」と悪あがきするぐらいのふてぶてしさがあったならば、もっと世の中、良くなっていくと思います。悪人もまじめ過ぎるのです。自分を不幸にした本当の敵に対して行動を取って行くべきなのです。